「あしたへ生きたい子どもたち、明日へ生ける私たち」

「明日、なにしようか?」

あたり前にこのような会話が聞こえてくる。この記事を書いているわたしも、この記事を読んでいるあなたも、明日、今日と同じように生きられることを前提としている。

世界の子どもたちに目を向けると、「明日へ生ける」このあたり前の前提はもろくも崩れ去る。

目次

それでも、子どもたちは笑っている

わたしたちから見れば、恵まれていない世界の子どもたち。しかし、不幸だと決めつけてはけない。

彼らは、小さなことで驚き、小さな幸せを感じて笑っている。

夢を追いかける子どもたち

今日という一日を精一杯生きているからこそ、幸せに敏感なのかもしれない。明日に精一杯の夢を持っているかもしれない。

彼らの夢は小さく、しかし、果てしなく遠い。

  • お腹いっぱい食べたい
  • キレイな水が飲みたい
  • 雨風をしのげるお家に住みたい
  • クツをはきたい
  • 学校に通って勉強がしたい
  • そして、家族みんなであしたも生きたい。

私たちにとってあたり前のことが、彼らにとっては大きな夢。

運命は潔いまでに残酷だ

あしたへ生きたい子どもたち。明日へ生ける私たち。

私たちは、たまたま日本人として生まれただけのこと。だから、あたり前に明日へ生けることができる。

ありきたりな言葉を使うなら「運命」というのだろうか。

命が宿った時代、国、地域、そして家庭によって、運命は大きく左右される。いや、運命に大きく左右されるのだ。

世界を見渡せば、毎日、水を何時間もかけて汲みに行く子どもたちがいる。けしてキレイな水ではなく、その水を飲んで命を落とす子どもがいる。危険な動物におそわれ命を落とす子どもだっている。

世界を見渡せば、生きるためにゴミ山の悪臭の中でお金になるものを探す子どもたちがいる。危険物や薬品さえある中を、裸足・素手でゴミをかき分ける作業でケガをする子どもがいる。

世界を見渡せば、家族を養うために有害な労働をしている子どもたちがいる。小さな体ひとつ、もちろん安全面、衛生面は配慮されていない。危険な労働でケガをしたり、命を落とす子どもがいる。

運命は潔いまでに残酷だ。たまたま、その時代、その国、その地域、その家庭に生まれただけなのに。

それでも、子どもたちは笑っている

彼らは恵まれてはいない。少なくとも私たちより。

貧困、紛争の中で、今日一日を精一杯生きている。裏を返せば、精一杯生きないと、あしたに生けない。

味のない小さなパンの欠片を口にして、今日を生きられた実感をかみしめる。

彼らは眠りにつく前、へとへとになった体を横たえ、なにを想うのだろうか?そして、どんな夢を見るのだろうか?

正直なところ、私には想像がつかない。

生きる環境が厳しく、毎日、必死に生きている。それでも、子どもたちは夢の中で笑っている。そう願いたい。

子どもたちの小さな夢を、私たちの大きな夢に

貧困や紛争の中で生きる子どもたちの小さな夢。それは、

「大人になること」

私たちは大人になった。あたり前に大人になったつもりでいるが、勝手に大人になれたわけではない。私たちは、まわりにいる多くの大人たちの手助けによって大人になることができたのだ。

それでは、大人になることを夢見る子どもたち、その小さな夢の手助けができるのはだれ?

そう、私たち大人だ。

子どもの夢、大人の支援、そこに国境は関係ない。子どもたちの小さな夢をかなえるためには、あなたの手助けが必要なのだ。

夢をあきらめた私たち

あしたを生きたい子どもたちに比べれば、私たちは、はるかに恵まれている。

日本人である私たちは、彼らの「小さく遠い夢」を当然のごとくかなえている。

しかし、私たちは日々、幸せを感じているだろうか。明日に精一杯の夢を持っているのだろうか。

日本人の多くは、「幸せなんか感じてない」「明日に夢も希望も持っていない」と言ったところだろう。私もだ。

だから、恵まれていても、笑顔のない明日を生きる。

子どもたちの小さな夢を、私たちの大きな夢に

夢も希望もない大人たちにお願いがある。

早い話、子どもたちの「大人になりたい」という小さな夢を、あなたの大きな夢にしてもらえないだろうか。

全世界の子どもたちの笑顔を守り、不自由なく「大人になれる」、そんな大きな夢をいっしょに手助けしてもらえないだろうか。

知らない国の片隅で、小刻みに心を震わせながら生きている子どもたち。

あなたの支援で助かる子どもがいると思うと、あなたはきっと笑顔になれるはず。あなたもきっと幸せになれるはず。

私たちのあたり前を、すべての子どもたちへ

水道はおろか、井戸さえ整備されていない地域もある。電気もない、学校もない、医療も届かない。日々、食べるだけ、生きるだけで精一杯の子どもたちがいる。

私たちには、住む家があり、それなりの仕事があり、食べることにはさほど困らない。スイッチを押せば明かりが灯り、蛇口をひねればキレイな水が出る。着るものも履くクツも穴は空いてはいない。学校にも通えて読み書きはあたり前にできるようになる。医療もあたり前に受けられる。

まずは、こんなあたり前のことを、世界のすべての子どもたちへ届ける必要がある。

「絶対にできる!」

日本だけではない、全世界の恵まれた大人たちが本気になれば、できないはずはない。なぜなら、地球の生物を滅亡させるだけの兵器を作れるのだから、全世界の子どもたちを救うことぐらい可能だろう。

私はそう確信している。

だから、あなたのこぼれ落ちた愛のしずくを子どもたちへ

貧困や紛争の中、生きることに精一杯の世界の子どもたち。

彼らは「大人になりたい」という小さな夢を持ち、あしたへ生きたいと願っている。

あなたの抱え込んでいるもの、腕の隙間からこぼれ落ちたほんの少しのしずくでもいい、それを愛として子どもたちに届けてもらえないだろうか。

私は、わが娘の命が宿ったときから約17年間、世界の子どもへの支援を続けている。ほんの少しの愛のしずくだ。

わが娘ももう大人になる。今度は世界の子どもたちの親になる。だが私ひとりでは役不足だ。

だから、いっしょに世界の子どもたちの小さな夢を叶えませんか。いっしょに私たちの大きな夢を叶えませんか。

いま、私たちの夢が動き出した瞬間である。

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